東京2025年デフリンピックまで、あと2年!

オリンピックやパラリンピックと同様、4年に1度行われる聴覚障害者のスポーツの祭典「デフリンピック」。2025年に東京で開催されるデフリンピックは、日本では初めての開催であり、また1924年にパリで第1回デフリンピックが開催されてから100周年となる記念すべき大会になります。


9月4日には、東京2025デフリンピックのエンブレムも決定し、私たち、東京都に住む市民も、大会関係者と一緒に、東京2025デフリンピックを盛り上げれたらと思っています。


9月23日は、手話言語の国際デーだったのですが、その日に合わせて、川崎市のコスギアイハクという広場で、手話言語フェスティバルが行われることを知り、参加してきました。


3つのブースに分かれていて、①手話体験②トレファームで採れたて野菜ショップ③デフリンピック体験を行っていました。家族的な温かい雰囲気の集まりでしたが、実際にブースで担当していた方たちは、専門家の方々で、楽しみながらも、学びの多い時間でした。


手話体験のブースでは、手話で、私の名前を表現してみたり、「ありがとうございます。」「どうぞ、よろしくお願いします。」という基本的な挨拶を、手話の講師の方と、やり取りしたりしましたが新しい世界に飛び込んだ新鮮な感覚があり、手話言語を学ぶことが、聴覚障害者理解への近道であることを実感しました。


また、デフリンピック体験では、100m走のミニ体験をすることができました。
一般の100メートル走だと、音を聞いて走り出しますが、デフリンピックの場合は、ピカっと光るフラッシュランプ式で、消灯の時にスタート地点に立ち、赤に変わると「位置について」 黄色に変わると「よーい」 緑に変わると「ドン」となっていました。


まるで、デフリンピックの選手になったつもりで100m走の擬似体験をしましたが、視聴覚障害の方の視点に立って、自然に考えることが出来たり、東京2025デフリンピックのことを認識するようになったり、純粋に楽しめたりと、短い時間に、いろんな効果がありました。


すぐ隣で、スポーツウェアを着た若い女性スタッフが、100m走のサポートをしてくれましたが、別のスタッフが近づいてきて、「彼女はトルコ大会の、棒高跳びの銅メダリストなんです。」と紹介して頂き、びっくりしました。


その若い女性は、棒高跳びの日本代表 瀧澤 佳奈子選手で、よく見ると、ブースの机にトルコ大会の時の大きめの写真が置いてあったのですが、説明されて、初めて有名な選手だと分かりました。


もう少し、瀧澤選手に関して、その場で詳しく説明してもらえたら、いろいろと話をお聞きしたかったのですが、少し残念な気がしました。


本人が、紹介されるのを、あまり望まなかったのかもしれませんが、どう紹介するかは、イベント全体の雰囲気を左右しますし、デフリンピックの広報のためにも、彼女のような選手には話す機会や、文章を投稿する機会が、たくさん、与えられるといいように思いました。


残された期間は2年ですが、この期間にデフリンピックの認知度を上げることと、聴覚障害者と共に生きる街づくりを進めたいですね。