多文化共生コーディネーターの集まりによる結実   

2月27日に行われるはずの多文化共生コーディネーターフォローアップ研修ですが、コロナウイルスの影響で、主催者の東京都国際交流委員会は、開催を、相当、迷われたようですが、参加者が少ないことや、去年6月の多文化共生に参加した人達だけで、不特定多数ではないため、無事に新宿の貸し会議室で行われました。


講師の方は、二人で、お一方は、東京都立のK定時制高校で教員をされていらっしゃる角田  仁さん、もう一方は、何と、我が日野国際協会ボランティアの、浅羽  設子さん(いつも、お世話になっています。)でした。


角田さんは、最初に赴任した高校が、東京と言っても、本土から287キロ離れている、八丈高校定時制で勤務したことが、きっかけとなって、今も定時制高校で勤務しています(最初、赴任場所の最初の文字が八と書いてあったので、八王子の高校だと思い込んでいたようです)。   私は、定時制と聞いて、年齢も、背景も多種多様な学生が、通っているのかなと、漠然と考えていました。


角田さんの勤められている、東京都K高等学校定時制の場合、学生の層が、どんどん多国籍化して、新入生の内、10名中9名が外国につながる生徒になる逆転現象が起こっていて、その中で日本語が課題の学生が20パーセント近くいるため、日本語学習を授業前に行ったり、「ゆっくり、はっきり、短く言い換える」日本語の取り組みを、行っているそうです。


日本の高校は、日本語力がないと入れないところが多いのですが、日本語自体が難しい言語ですし、外国人学生の母語や、文化などの多様性を、もっと評価して、受け入れてあげる柔軟性が必要だと分かりましたし、入学後も、クラスメートと話ができなくて、孤立してしまったり、


それによって高校を中退するケースが跡を絶たないため、日本人の生徒が、外国につながる生徒を理解して、多様性を尊重する教育のプログラムを進めていかないといけない現実を知りました。


卒業後も、在留資格によって進路が制限されたり、奨学金がもらえなくて、進学が出来ないなど、制度の壁が多く、彼らが願う進路が実現できる教育や労働環境が、一刻も早く、作られるよう、関心を持っていきたいと思いました。


彼らが日本で活躍できるようになれば、きっと、日本社会が多文化共生社会に大きく前進するでしょうし、母国との架け橋にもなってくれるはずなので、なんらかの形で応援していきたいです。


また、日野市国際協会の浅羽さんですが、私も所属していながら、客観的に、他の地域と比べて、日野市の多文化共生推進委員の特徴を考えたことがなかったので、興味深かったです。


浅羽さんが、過去の日野市の多文化共生の歴史について、話してくださいましたか、他の東京の市町村より、遅れて多文化共生の地域づくりが始まって、試行錯誤の期間が長く続いていたそうです。


しかし、なんと言っても、2017年に日野市国際協会の新事務局長が就任し、翌年、外部から若い会長を選出したのが大きかったようで、パワーポイントには「新事務局長の降臨」と書いてありました(笑)


そういえば、私が日野市多文化推進委員の集まりに参加させてもらったのも、去年の夏に、日野市国際協会事務局長に会ったのが、きっかけでした。とてもフレンドリーな方で、私が日野市でなく八王子市で活動しているという、地域の違いや、多文化共生に対しての知識の無さなどは、むしろ、肯定的に考えておられて、懐の深さを感じましたし、熱く、分かりやすく多文化共生のビジョンを語って下さったのが、印象的だったのを覚えています。

(その出会いがあったので、去年の6月の多文化共生コーディネーターの集まりに参加するようになりました。)


もともと、日野市役所の、ある部署の局長をされていて、日野市役所の立場からも、意見が語れるし、また、市役所や市長との橋渡し役になっていらっしゃるので、それがスピード感や、推進力に繋がっています。そのような一人に、日野市多文化共生推進委員の方々が出会えたことが大きいですし、多文化共生で知られている他の都市よりも、条件は整っていないけれども、上手く活動をしているのが分かり、自信になりました。


浅羽さんも、事務局長が日野市国際協会に、在籍している間に、日野市の多文化共生化を進めたいと講演中に話していました。


最後、参加者がチームに分かれて、多文化共生の今後について、ディスカッションをしたのですが、入国管理局の職員が同じチームで、前回と、今回、参加した感想を仰っていましたが、とても新鮮な感想でした。


そもそも、入国管理局の方達は、日本に外国人が入国する事で問題が起こらないように、日本の立場を中心に、外国人を厳重に管理している、偏りのある人たちという印象でした。


外国人の立場や人権を中心に考えていく多文化共生の集まりで、入国管理局の職員の方が、何を学んでいるんだろうと。


しかし、その方は「毎回、学ぶことだらけで、講義で聞いたものは、出来るだけ、自分の部署で取り入れようとしています。」と意外な話しをしていて、むしろ、多文化共生の現場で働いている人たちが、恥ずかしくなるほどの熱心さでした。


その人は、多文化共生に関心のない、大部分の入国管理局の人たちに、ここで学んだことを熱心に伝えているようで、なかなか理解はしてもらえないけれども、少しずつ、学んだことが反映されていると、具体的な入国管理局での変化について、話して下さりながら、入国管理局に対する要望も、参加者に尋ねていました。


急激な変化より、誰にも見えないところで、少しずつ変化している積み重ねが、根本的なの変化に繋がるに違いないという期待が膨らみましたし、多文化共生コーディネーターの集まりが、様々な形で身を結んでいるのを実感しました。