世界と未来を変えるパラリンピック

10月25日「スポーツボランティア2020」講座の2回目が首都大学東京で開催され、パラリンピックに関する講演を首都大学東京 健康福祉学部の助教授 信太 奈美 さん、アーチェリー競技のパラリンピアン 平澤 奈古さんが、講演されました。
パラリンピックは、正直、見たことがなく、全くイメージの中での世界でしたが、信田 奈美助教授から、最初にパラリンピックの男子競泳の映像を見せてもらいました。
映像を見てみると、思った以上に、様々な、手足の障害の方が参加しているのに、驚きました。片手が不自由な方、両手がない方、手と足が不自由な方等。スタート時には、スターティンググリップを握って泳ぎだしますが、グリップが握れない方は、補助機を使います。今まで見てきた競泳とは、全く違う光景で、一人ひとりが輝いて見えましたし、障害者に対する見方が自然と変わっていくのを、実感しました。

1911年10月10日に辛亥革命がおこり、それがきっかけで、アジアで最初の共和国国家 中華民国ができるようになったことを祝った記念日らしいですが、台湾を、まだ国として認めていない国々が多いためか、中華民国の建国記念日を国慶節として祝うんですね。日本統治以降、台湾に入ってきて統治した、蒋介石の率いる中華民国の不正と抑圧から、民衆が自由を求めて立ち上がったことで現在の台湾が、そんぞいしているとは、思うのですが。

パラリンピックには、視覚障害のある選手と
肢体に関する障害がある選手が参加するそうです。聴覚に障害がある方はデフリンピックという世界的な大会が別にあるんです。

また、障害の種類や程度など、医学的側面や実施競技に関連する運動機能面などによって選手を区分し、そのクラスごとに競技を行いっています。それは障害の種類や程度が異なる選手が同じ種目で競い合うと競技力以外の要素で勝敗が決まるという不公平が生まれる可能性があるので、ほぼ同じレベルの選手を集めてクラスを分けています。

また、アーチェリー競技のパラリンピアンである、平澤さんが、「パラリンピアンから見たボランティア」という主題で、引き続き、話して下さいました。平澤さんは、手と足に先天的に障害があり、家の中で一人で遊んでいるのが好きで、スポーツをしたいという気持ちが全くなかったそうです。しかしスポーツセンターを案内されていたとき、アーチェリーを体験し、その時に「こんなうまい人はいない」と褒められることから、アーチェリー人生が始まったそうです。また、様々な障害のアーチェリーの方が競技に出て賞を取っているのを写真で紹介して下さいました。道具をうまく開発して、口で弓を射る人、場合によっては、足で弓を射る人までいて、その発想の豊かさに驚きました。
平澤さんは、アーチェリーを実際に持ってきて下さいましたが、健常者の何人かが実際に試してみたら、到底、口や、足では弓を引くことができない程、腕や手を使って思いっきり力を出さないといけなくて、体験を通して、より、その苦労を実感しました。

パラリンピックの創始者であるグッドマン博士が「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に活かせ」と名言を残していますが、失ったが故に、存在しているものの価値が分かりますし、違う機能を発達させ、開発することは、苦しんだ分だけ大きな喜びを生みます。
私の師が、サッカーの利き足である右足を怪我して、落ち込んでいた後に、左足の練習をしたところ、左足が使えるようになり、結局、両足を使ってサッカーができるようになった話を思い出します。

パラリンピックは、多くの障害者に目標を与え、夢を与え、健常者にも、人間の可能性を教えてくれ、さらには、障害者に対しての認識を変えてくれる、素晴らしい機会だと思います。
今回のパラリンピックを通して、ボランティア文化が、日本に浸透していくレガシーを作れるように、何かの活動を始めたいと感じる機会でした!

thumbnail photo by Stuart Grout