多文化共生は、
あなたの心から!
(初めての多文化共生イベント主催!)

7月4日、立川市で「たちかわ多文化共生センター」の初代 外国人理事をされていた台湾出身の江夏 馨さんをゲストに、お迎えして、私たちの団体としては、はじめての多文化共生イベントを、オンラインで行うことができました。

私たちの団体は2015年8月1日に、おもてなし国際協議会という名前で、スタートしたのですが、創設のきっかけは、2020 年の東京オリンピックにむけて、訪日の外国人を、日本の思いやりの精神や、日本の伝統文化で迎えたいという思いからでした。

しかし、活動拠点の八王子市で外国人観光客に出会うこと自体、難しいのと、特別な人に対する、非日常的なおもてなしを目指すのでなく、

日常生活の中で、暮らし難さを感じている在留外国人や、障害者などが住みやすい多文化共生の街づくりに力を注ぐべきではないかと私たちの方で考えるようになりました。

そして、今年の2月末のおもてなし国際協議会の会議で、団体のスローガンを「おもてなしの心が紡ぐ、世界の絆 ~笑顔輝く 多文化共生の街に~」に決めて、本格的に多文化共生を進めていくように大きく舵を切るようになりました。

個人的に多文化共生の重要性は分かっていたので、去年の春に、思い切って日野市多文化共生推進委員に飛び込み、多文化共生の分野で経験の多い方から会議やイベントで学ぶことは多くありました。

一方、そこでの参加者の大部分が年配の方で、若くて、多文化共生に対して、関心があるという程度の、おもてなし国際協議会のメンバーに対して、責任を持って多文化共生の活動を勧められるか、迷いつつ1年経っての今回のイベントとなりました。

それで、まずは、団体の関係者が多文化共生について、具体的なイメージを持ってもらうために、イベント参加者が少なくても、関係なく、やろうと決心して行ったのです。

案の定、今までのイベントに参加してきた人たちは、ほとんど参加しなかったのですが、SNSを使ってイベント情報を流したところ(毎回、同じように広告しているのですが)今回に限って、予想以上に参加申し込みがありました。

江夏 馨さんのスピーチは、「出会う、気付く、そして、一緒に考え、共につくる~台湾出身の私の日本社会の地域参加~」というタイトルで、してくださいました。

江夏さんが1995年に、長男の通う保育園の保護者会会長となり、そこで唯一任せられた、短い卒園式の挨拶から、地域参加がスタートして、2001年に​「たちかわ多文化共生センター」を設立するに至ったことを通して、小さな機会を貴重に思うところから、社会の変革がスタートするのを感じましたし、「多文化共生は決して特別なことではない。
外国人との共生を考えるより、身近な周囲の人たちとの共生から、多文化共生は始めていくべきですよ。」という江夏さんの言葉が、経験に基づく深い言葉として心に残りました。

私は、多文化共生の活動に関わる前は、(多文化共生の関係者はきっと、人格的で、思いやりがあり、意見が違っても、それぞれの主張を大事に思う人たちだろう)と思っていたのですが、付き合ってみると、熱心には活動しているものの、そんなにお互いの仲が、良いわけではなく、主張が、ぶつかり合ったりするのが見えて、多文化共生にとって、一番大事なものが抜けている気がしていたのですが、江夏さんの言葉は、そのことと通じるのかもしれないと感じました。

二部のワークショップでは、「私たちが描く地域の未来図」というタイトルで、私たちの活動拠点である多摩地域の特徴である、大学生と、留学生が多いことを活かして、彼らに多文化共生の一員であるという自覚を持ってもらい、多文化共生に関わりやすいように、敷居を低くするには、どうしたらいいか、各グループで相談してもらい、具体的には11月3日を”多”文化の日として、その日に立川市で行なわれたように、多文化都市宣言をするための宣言文を作成してもらうようにしました。

そこで作成した宣言文をいくつか紹介します。

・相手を知り、思いやりを持ち、つながりを持ちます。

・相手の立場に立って、やさしさで歩み寄ります。

・お互いがgive &takeして、共生社会にします。

・大学生、留学生を中心に多文化の人々が、もっと仲良くできる街づくりを目指します。

等でした。


江夏さんが、まとめの一言で「皆さんの意見にすごく刺激を受けました。その上に行政まで巻き込んだ活動をしていく時に、具体的に進んでいくと思います。」と助言してくださいました。


30分という短い時間のワークショップでしたが、せっかく考えたアイデアを、その場で終わらないで、「出会う、気付く、そして、一緒に考え、共につくる」活動を、多摩地域の若い力で始めていき、ワクワクする夢に満ちた多文化共生の街づくりを目指していきたいです。